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最高裁判所第一小法廷 昭和51年(行ツ)117号 判決

横浜市港北区菊名町七一〇番地

上告人

居関食品株式会社

右代表者代表取締役

居関稔

右訴訟代理人弁護士

中山吉弘

横浜市神奈川区栄町一番地七

被上告人

神奈川税務署長 高根沢邦

右指定代理人

青木正存

右当事者間の東京高等裁判所昭和五一年(行コ)第二三号法人税賦課決定処分取消請求事件について、同裁判所が昭和五一年九月二七日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人中山吉弘の上告理由及び上告人の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひっきよう、独自の見解に立って原判決を非難するものであって、いずれも採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 団藤重光 裁判官 岸上康夫 裁判官 藤崎萬里)

(昭和五一年(行ツ)第一一七号 上告人 居関食品株式会社)

上告代理人中山吉弘の上告理由

原判決の判断に判決に影響を及ぼすこと明なる法令の違背がある。

一 事実関係

本件建物は訴外居関糸子外五名の共有するところであったが、上告人の委託によって上告人の債権者に担保提供して抵当権を設定したところ、昭和四一年五月一〇日抵当権者の申立に基づき、不動産競売手続開始決定(最低競売価額金三、二三二、〇〇〇円)がなされ、金二、九〇九、〇〇〇円で競落され、昭和四三年一〇月一八日競落人等に所有権移転登記され、それと同時に訴外居関糸子等はその所有権を喪失したことは当事者間に争のない事実である。

ところが上告人は昭和四三年一二月二〇日本件建物を競落人から金七、二四四、八七〇円で買取り、上告人は本件建物において営業を継続し、物上保証人も本件建物に引継いて居住しているものであることは原審における弁論の全趣旨から認められるところである。

二 物上保証人と債務者との関係

(一) 金銭債権による原状回復(求償権)

ところで民法は物上保証人が弁済又は抵当権の実行によって抵当権の目的物の所有権を失った時物上保証人は債務者に対して求償権を有する(民法三五一条、三七二条、四五九条、四六二条)旨規定している。これは物上保証人の出捐によって債務者は債務の支払を免れたのであるから債務者の免責の利益は物上保証人に返還させると共に物上保証人の出捐によって蒙った損害を債務者に賠償させようという衡平の原則に基く制度である。そしてその求償の範囲については、本件の場合のように委託をうけた物上保証人と委託をうけない物上保証人とで求償の範囲を異にする(民法四五九条、四六二条)。

委託をうけた物上保証人の求償権の範囲は(一)弁済又は免責額(二)これに対する免責ありたる日以後の法定利息(三)「避けることを得ざりし費用、その他の損害」である。この場合の「避けることを得ざりし費用その他の損害」とは、競売手続の費用、競落によって物上保証人が失った財産的損失を指し、競売と損害の発生との間に相当因果関係が必要である。たとえば低価競売による損害、引渡に要した費用、物上保証人が建物の敷地の借地権をも失ったときの損害、建物の賃貸権を失ったときの損害、物上保証人が営業を継続できなくなったときの損害等が考える。

(二) 現物返還による原状回復

物上保証人は本来債務者に対して金銭賠償による求償権を有しているにすぎないのであるが、債務者が物上保証人に対して求償債務を負担している間に物上保証人が失った担保の目的物の所有権を取得した場合には民法の規定にかかわらず物上保証人に現物(担保の目的物)の返還を求めるべきであると考える。

そうでないと競落人からその目的物の所有権を取得した債務者は物上保証人に対してその物の引渡を求めることが可能となる。

このことは明らかに信義則に反する結果となる。

また民法の求償権に関する規定もこのような場合に物上保証人に金銭的賠償としての求償権だけを認め、現物返還による原状回復請求権を否定する趣旨とは解せられない。

むしろこのような場合物上保証人に現物返還による現状回復請求権を認めることの方が同人の蒙った損害を完全に補償する最良の方法であり且つ債務者と物上保証人間の委託契約の趣旨にも合致する(多くの場合債務者と物上保証人との間には物上保証人に損害を与えない旨の黙示の合意が存在する)ものと考えられる。そしてこの現物返還請求権は債務者が求償債務を負担している間に目的物の完全な所有権を取得した場合に限り、物上保証人と債務者間の物上保証委託契約に基き信義則上物上保証人に発生するものと解すべきである。

従って債務者が未だその目的物の完全な所有権を取得していない時は物上保証人は債務者に対して現物返還による原状回復を求めることはできず、この場合は民法に従って金銭賠償の請求権を有するにすぎないことは勿論である。

三 現物取得費用

本件の場合債務者は昭和四三年一二月二〇日本件建物を競落人から金七、二四四、八七〇円で取得したことは弁論の全趣旨から認められるところである。

しかし前述したように上告人が本件建物の所有権を取得すると同時に上告人は物上保証人に対して本件建物の返還義務を負担したことになる。従って本件建物の取得に要した費用は上告人の損失に計上すべきものと考える。

この点に関して原判決は「本件建物が営業のために賃借して使用中売買によって取得し、引続きこれを営業の用に供しているものであることは弁論の全趣旨により明らかであるから本件建物は法人税二条二四号及同法施行令一三条による減価償却資産に該当する……そして減価償却資産についてはその取得価額を基礎として同法施行令四八条ないし五〇条の規定にしたがって逐次償却すべきものと定められているから一括してその取得した事業年度の損金として扱うことは許されない」として右金七、二四四、八七〇円を損金に計上することを否定している。

しかしこれは前述したように上告人が物上保証人に対して本件建物を返還しなければならない義務を負担しているものであるから法人税二条二四号同法施行令一三条によるいわゆる減価償却資産には該当しない。

更に上告人が現在右建物を事業の用に供しているのは、上告人が競売手続開始前から有している占有権限に基くものであってこの事実をもって減価償却資産であると認定するのは不当である。

原判決はこれらの諸点を看過しているものであるから違法である。

四 以上の理由により上告人が本件建物を取得した費用金七、二四四、七八〇円は損失に計上すべきところ、上告人は本件建物の競売によって他の債権者に対する債務金二、四六二、三一〇円について免責の利益をうけ、本件建物が物上保証人に返還されることによって先に物上保証人に還付された競落代金の余剰金三五七、二三六円は右金七、二四四、八七〇円から控除されるべきものと考えるので右金七、二四四、八七〇円から金二、四六二、三一〇円及金三五一、二三六円を控除した残り金四、四三一、三二四円は損失に計上され、当該年度の上告人の利益から控除すべきものと考える。

五 仮りに現物返還による原状回復義務が上告人に認められないとしても、物上保証人は金銭債権による原状回復義務(求償債務)を負担しており、その求償義務の範囲のうち「避けることを得ざりし費用、その他の損害」としては次のものが存在する。

(1) 競売手続の費用

(2) 低価競売による損害

(3) 引渡に要した費用

(4) 物上保証人が本件建物の借地権を失うことによる損害(本件建物の敷地は訴外吉田義明の所有するものであって物上保証人が借地権を有していた。)

(5) 物上保証人が上告人に対して有する本件建物の賃貸権を失うことによる損害

である。

ところで(3)(4)(5)の損害については物上保証人は現実に損害が発生していなかったが、物上保証人は競落人に対して本件建物を引渡し義務の履行を求められていたのであるから、これ等の損害についても事前に求償権の行使が可能であった(民法四六〇条)。

これを裏返せば上告人について右の(1)乃至(5)の損害についても求償義務が発生していたことになる。

しかるに上告人は本件建物七、二四四、八七〇円で競落人から取得し、これを物上保証人に返還することによって右求償債務を消滅させることになるので右の(1)乃至(5)の損害は損失として計上すべきものである。そして民法の定める範囲の求償債務の累計額が第四項で述べた金四、四三一、三二四円に該当すると考えるべきであるから、右金四、四三一、三二四円を当該年度の上告人の利益から控除すべきものと考える。

六 以上の諸点により原判決は違法であり、破棄されるべきものである。

以上

(昭和五一年(行ツ)第一一七号 上告人 居関食品株式会社)

上告人代表者居関稔の上告理由

一 原審は法人税法第二二条の規定を無視する判決をなす。

(一) 法人税法第二二条第一項は、内国法人の各事業年度の所得の金額は、当該事業年度の益金の額から損金の額を控除した金額とすると規定し、同条第三項は内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上当該事業年度の損金の額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き次に掲げる額とすると規定し、第一号、第二号、第三号を掲げてその第三号は、当該事業年度の損失の額で資本等取引以外の取引に係るものと規定する。

(二) ところで、本件建物を取得する為に要した総費用額金七二四万四八二〇円からその建物の固定資産課税台帳の記載額(金八八万一〇〇〇円)たる評価額を控除したのがいわゆる上告人の負担すべき損失と解するのほかなく、このような損失の額で資本等取引以外の取引に係るものは、第三項の規定により損金の額に算入すべきであるのに、この規定を無視する原審の判決は違法と解さねばならない。

(三) 従って本件建物を取得するのに要した総費用額七二四万四八二〇円から課税台帳の記載額金八八万一〇〇〇円を控除した金六三六万三八二〇円が所得の金額の計算上損金の額に算入さるべき額となり、更に本件事業年度の認定所得金額は金三〇四二七七円であるから、この所得金額を損金算入額から控除した上告人の所得金額は金三三二万三五四三円の欠損となる。このように上告人の本件事業年度の所得の計算において金六三六万三八二〇円の損金への算入額が発生し、認定所得金額金三〇四万二七七円を減算しても尚欠損となるから、請求の趣旨のとおり全額取消しさるべきである。

二 原審は判決理由第二項の(一)において、法人税法施行令第五四条主文を無視及び誤解する「建物の取得価額」を前提に判決する。

(一) 第五四条は減価償却資産の第四八条から第五〇条まで(減価償却資産の償却の方法)に規定する取得価額は、次の各号に掲げる金額とすると規定する。

即ち第五四条は唯単に取得価額といっているのではなく、減価償却資産の償却の方法について規定する取得価額であることは、主文に明記するとおりであり、償却の方法については令第五三条は法定償却の方法として、(一)定率法、(二)生産高比例法を掲げる。

(二) このように第五四条は償却の基礎となる取得価額について規定するものであり、減価償却資産について定めた耐用年数を経過し、償却限度に達したいわゆる税法上の償却の認められない償却資産に第五四条第一項の第一号は適用する筋合いはなく、従って本件建物に第五四条第一項の第一号を適用する原審判決は違法と解さねばならない。

原審判決書第七頁第二行からの「法人税法は、法定耐用年数を経過した中古資産を取得した場合であっても減価償却を認めているものと解される」との耐用年数についての制度を無視する判決は、適用すべき対象を誤った(本件建物に適用すべきでないのに)ためと推定される。

以上

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